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エイト:「八王寺という名前の由来を教えてほしいという質問がきています、さくらさんとあゆむくんからのもの、ついでに、ときどき八王子と書く人がいますが、このちがいもいっしょに・・・」

はちおう爺:「むかし、ここらへんは海じゃったが、ながい年月をかけて、高梁川がぎょうさんの砂をはこんできて、葦原(あしはら)になっておった、天正(てんしょう)のころ(1584~1589年)、酒津(さかず)から向山(むこうやま)にかけて汐止堤防(しおどめていぼう)がつくられ、一気に西に向かって干潟化(ひがたか)が進むことになるんじゃ、1620年ごろ、八王寺は開発されたようじゃ」
エイト:「へー、海か」
はちおう爺:「その開発より、35年ほど前、1585(天正13)年、笹沖(ささおき)の足高山(あしたかやま)にあった井上寺(いのうえじ)ちゅうお寺が渋江(しぶえ、西中学校の南東、現在の老松(おいまつ)1丁目あたり)に移転したんじゃが、そのおり、そのお寺の守り神の八王寺権現(ごんげん)を八王寺にまつったことからと名付けられたんじゃ、ただ、開発中の、だあれも、まだ住んでいない土地に神社がまつられ、後に開発されてその名を採用したちゅーのは、ちょっと変なような気もするがのー」
エイト:「八王寺を八王子と書いたらまちがい?」
はちおう爺:「話をつづけるでえ、その八王寺権現じゃが、八王子権現とも書くんじゃ、爺は八王子権現の方が正しいような気がすんじゃが! 実は、江戸時代から多くの絵図や古文書が残されておるが、その中では、八王寺だったり、八王子だったり、さまざまじゃ、ときには、八王寺村と八王子村が2つ同時にあったこともあるんじゃ」

はちおう爺:「もうちょっと詳しゅう知りたけりゃあ、八王寺あれこれ>名前の由来八王寺あれこれ>八王子?を読んでみー」「2014年の末には、酒津(さかず)から大内(おおち)にあった王子という地域(あざ)のはしっこという意味で呼んだ「はしおうじ」が語源じゃないかという人が現れたんじゃ、おもしれーじゃろう、八王寺れこれ>名前の由来>も1つ由来に詳しゅう書いとるで-」

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